気づけばもう晩秋である。
食欲の秋、芸術の秋、運動の秋と、世の中の秋にもいろいろあるけれど、秋といったら私にとっては深くものごとを考える「考えごとの秋」である。
食欲不振で芸術にも触れず超運動不足の私にとって、秋を感じられるそのただ一点が「考えごとの秋」なのだ。
そんな晩秋、考え方がころっと変わってしまったのは、一つ、今の仕事のことに対してである。
今の職場に入社した当初から、将来の自分のキャリアパスを考えるにつれ、今の職場に居続けることでキャリアを描くことは、「出来ない」と考えていた。
今後の人生を考えると、いずれかのタイミングで決断をくだし、今の環境から離れなければならない、と思っていた。
だから、今の仕事は今の仕事で存分にこなすけれど、それはあくまで自分の力を小さなところから積み上げていくために行うものであって、現在の環境での将来を考えてのことではなかった。いわば、会社組織での将来を考えて仕事をするのではなく、あくまで自分自身のために仕事をしていたわけであった。
しかし、最近、この考え方が変わってきている。
今までは「自分のため」の仕事だったのが、「周りの人のため」の仕事をしようと思っている自分がいる。
自分で自分に吃驚である。
もちろん今でも、将来のキャリアプランの中に、現在の職場に居続けるという選択肢はない。いつかは今の環境から離れるだろう。
けれど、そんな今の環境の中にいる「周りの人のために」仕事をしようと考えるのだ。
いや、決して「会社のために」働こうとは思わない。「周りの人のために」働こうと思うのだ。
半年ぐらい前に、不肖新卒入社二年目ながら、会社のとあるプロジェクトに携わることになり、夏、とても刺激的な経験をしてきた。おそらく、ずっと同じ仕事をしていたら考えることもなかったようなことを、考えた。グループ会社の中でもそれまでだったら出会えなかったような様々なバックグラウンドを持った人たちと会い、そして視野が広がった。
営業ソルジャーとして下っ端の仕事をしているだけでは分からないこと──全体を見渡す視点──を獲得し、いつの間にか自身の職場のことを、ちょっと客観的に見られるようになった。
そして、あるとき、本来の自分の職場にいる「周りの人」を見ていたらむかついてきた。私のいる会社は何だかんだで大企業だから、おそらく無難にやっていれば適当に未来は約束されている。会社が成長し続ければ、まぁいい感じに給料もらえるだろう。
だからか、多少自分の業務に違和感があっても黙ってそれを受け入れてしまっていて、あまり文句が出てこない。もちろん、労働環境としては、人間関係が随分良好だとか制度が整っているだとかいう理由もあるのかもしれないけれど、ボトムアップの意見は出てこない。上からの指示を待ってはじめて動く、あぁ典型的な大企業だよこれ、みたいなのを見て、むかついてきた。
そりゃ、彼らの行動の理由も分かる。子どもがいて養っていかなくちゃならなくて、住宅ローンはまだいっぱい残っているし、クビになるわけにはいかない。だからあまり派手なことを会社の中では出来ないんだ、というのも。よく分かる。
それにしても、むかつくんだよ仕事してておもしろいのかおまえらなんなんだー、と思っていた。
先日、上司(女性)に「ランチおごってください」と言ったら、ランチタイムにケーキバイキングに連れて行ってもらえた。今まで、自分のためにしか仕事をしてこなくて、必要以上の周りとの接触を避けていた私には、じつはこの上司と二人だけでランチをするのは初めてであった。
食欲の秋なのに、ケーキバイキングなのに、食欲不振な私は悔しいことにあまりケーキが喉を通らない。しかし、喉を通らないことを良いことに、その人とあれやこれや話をした。
私は人間的にはその上司のことは嫌いじゃない。が、上司として、マネジメントをする人として彼女を見たとき、なんとなく不信感を持っていた。
だって、もっともっと上の経営陣の決めたことを下に伝えるのが彼女の役割だけど、その決定の理由が私にはよく理解できないとき突っ込んでみたりしても、なんとなく濁されて終わってしまったり、ロジカルに話を進めようとはしてくれなかったから。
ケーキを食べ、コーヒーを飲みながら、思い切って自分の気持ちも本当のことを伝えながら訊ねてみると、ぽつりぽつりと、彼女は語ってくれた。
「本当は、私だって──」。
上司自身も、自分の上の上司たちに対して言いたいことはある。納得がいかないこともある。それは自分が平社員だった頃から気持ちは変わらない。でも、気づいたら自分がマネジメントする側の立場になってしまった。だから、マネジメントの一人として、下のみんなに言えないこともある。心の中で思っていても言えないことがあるんだ、と。
私は、「あ」、と思った。
「そうか」と思った。
彼女の発言は、当たり前といえば当たり前のことだけど、自分の中にあった嫌な違和感が、このとき晴れた気がした。彼女の彼女自身の言葉で、私に対して語りかけてくれたことが、嬉しかった。上司だって、ものすごく考えてるんだ。
先週の月曜日、会議の場において、今後の私の仕事の役割が発表された。
結論からいけば、それまで私が持っていた業務量が、減らされることになった。
今まで一人突っ走って仕事してたので、それを抑えようというマネジメント側の判断がそこに絡む。
前々からその話は内々で出ていて、私は真っ向からその案に反対していた。
なのにそのことが正式に決まってしまった。心の中では業務を減らされることに対してものすごくブルー(#72)だ。けれど、心の中では納得している。
上司だってちゃんと考えてくれたのだから。
なんかぶーぶー文句言っている私の意見もちゃんと聞きつつ、一方で組織にいる周りの人たちへの影響だとか、その人たちの仕事のことも考えながら、決めてくれたのだ。
私が、「自分ため」の仕事だけではなく、「周りの人のため」にも仕事をすべきなんだと気づいたきっかけは、些細なことだった。
ある日、夜、残業をしていた時間、ふと隣を見たときだった。
隣には、一緒にチームを組んでいる同僚の女性が座っている。
ふとその彼女の横顔を見たとき、彼女の肌が荒れていることに気づいた。
やべえ、と思った。
こんな時間まで仕事しまくってるからお肌が荒れちゃうんだ。
どうしようどうしよう。
オレ、一緒のチームなのに何も手助けできてないじゃん、と思った。
どうしよう、どうしたらいいの。
私自身は、今は修行のときだから、どんな渋い仕事でもどんとこーいでやってきた。自分の肌が荒れようがなんだろうが関係ない。だから、正直、今までは周りの人がどうなってようとまったく我関せずでいた。
でも、これはなんとかしなくちゃいけない。
自分の目の前にあることだけではなく、もっと客観的な視点からも組織を見られるようになった今、私はもっと、周りの人のことを考えて仕事をしなければならないと思う。
今日は土曜日だが、私は今、出張に向かうため新幹線に乗っている。
今回の仕事は、べつに私の業務の領域の範疇ではない。べつに私のレベルをアップさせてくれるものでもない。
でも、休日だろうがなんだろうが自ら働きつづけることが、周りの人の助けになると思えば苦ではない。
今、私は社内でも中途半端な位置にいて、私の携わっている業務は自分の所属部署管轄以外のものも複数あるという現状だ。こんなやつは社内でも他におらず、へんてこだ。でも、だからこそ、自分の所属部署のことを客観的に見られることもある。
もはや社内の人からでさえ、「さっさとこの環境から羽ばたけ!」と声をかけてもらえるようになった今、この環境で過ごす時間の一つの区切りが見えてきたところだ。
残された時間に、私の小さな力でも、なにか改善できることはあるはずだ。
(考えたことのメモエントリーでした。)

読んでて、「うんうん」と思うことがいっぱいあった。
会社の枠におさまりきらないキングと、それを温かく見守る周りの人たち、という構図が勝手に浮かんできたよ。きっとキングは、なるべくして今の状態になってるんだと。
みんな、いろんな価値観で、いろんな想いをもって仕事をしているよね。それは変えようのない事実で、それでいいんだと、私も少しずつ受け入れるようになりました。また話そうね!!