悲劇喜劇2018年1月号の特集が「演劇経済学」ということで、私も読んでみた。
一冊の中で、いろいろな立場の演劇人が執筆していてじつにおもしろかったのだが、枝葉のところでめちゃくちゃ気になる事項が出てきてしまった。
それは、芸術文化振興基金の助成において、「演劇の大道具は助成対象経費になるのか?」という疑問である。

例えば、悲劇喜劇2018年1月号のなかで、日本芸術文化振興会演劇PDの酒井さんが「助成金の功と罪」というタイトルで芸術文化振興基金について語っている。酒井さんのお話は私も5年前にON-PAMのイベントで耳にしたことがあって、そのときも若干違和感を感じたがスルーしていた。
しかし雑誌で文字で出てくると、スルーできない。酒井さん個人がどうのという話ではなくて、芸術文化振興基金の仕組みの話だ。

雑誌のなかでこんな表現がでてくる。
”酒井 (中略)でも助成金制度というのは先に述べた通り本来投資です。投資することで活性化して、助成が不要になるというのが本来の形。”
悲劇喜劇2018年1月号P.30
とのことだ。投資という考え方はすばらしい。しかしそうすると、今の制度だと矛盾する部分が出てくるのではないだろうか。

助成は2種類あって、芸術文化振興基金「舞台芸術等の創造普及活動」というのと「舞台芸術創造活動活性化事業」というのがある。びみょうに助成対象経費の扱いが違うのだが、例えば「舞台芸術等の創造普及活動」のほうでは、活動の収支予算に記入できない経費として
団体の財産になり得る物の購入や製作経費
芸術文化振興基金 平成30年度助成対象活動募集案内 舞台芸術等の創造普及活動p.5
というのが名指しされている。

そこで疑問なのだ。
団体の財産になり得る物はNGとのことなので、そうすると大道具の製作経費は認められないのではないか、と。だって、大道具は「団体の財産になりうるもの」じゃないのかと。

小劇団はともかく、芸術文化振興基金の助成対象になるような劇団であれば大道具を作るのにウン十万円はかかる。とすれば少なくとも会計上は資産計上される額だ。会計上資産なのに、大道具は財産ではない、と言い張るのは無理筋だろう。

(本筋と関係ないけど、劇団民藝の古い財務諸表をネット上に発見した!(これこれ。)
大道具は貸借対照表の「器具備品」に載っていると見るのが妥当だろう。そして減価償却費は、損益計算書で原価の公演仕込費に計上されていると見た。)


仮に大道具をつくってもすぐに壊すということであれば、百歩譲って資産じゃないと言い張れるかもしれない。しかしそうすると、助成金の目的たる「投資」という意味からズレてくる。優れた作品は再演できるようにしておくこと、つまり大道具も資産保持しておくことこそ投資としてあるべき姿なのではないか…。

実際のところをいえば、大道具は会計上資産計上すべきというのがわかりやすい理屈だからここで指摘した。けれど、公演ごとに、本当は貸借対照表に載ってこない無形の資産が生まれるのだと思う。公演をつくれば必ず資産は生まれるのだ。その意味でも、「団体の財産になり得る物の購入や製作経費」は助成対象から外すというのは超絶違和感である。

悲劇喜劇2018年1月号では、オペラシアターこんにゃく座の土居さんという方が、「旅公演のマネージメント論」という寄稿もしている。こんにゃく座もよく芸術文化振興基金の助成もらってるはずだよなぁと思って調べてみた。

たとえばそのひとつ、平成26年にこんにゃく座はオペラ『まげもん−MAGAIMON』で助成金をゲットしている。

しかしこの作品は平成26年を過ぎても旅公演をまわっているようだ。
昨年(平成29年)も上演している

はて、平成29年の上演で使われた大道具は、わざわざ新規に製作したものなのだろうか…!(だとしたら、もったいな〜い)

悲劇喜劇では、土居さんはこんなふうに書いているけれども。
”旅公演作品は本公演で作ったものがベースとなるため、例えば大道具や衣裳など製作費のイニシャルコストはすでに本公演経費として計上済みである。”
悲劇喜劇2018年1月号P.47

また、文学座の舞台美術家、乗峯さんという方が「舞台美術の家計簿」という記事のなかでこんなことを書いている。
”文学座アトリエの会「冒した者」では(中略)台の天板に使う合板は直前の文学座公演「中橋公館」から(中略)流用させていただき、材料費を節約しました。”
悲劇喜劇2018年1月号

さて、文学座の「冒した者」も「中橋公館」も「舞台芸術創造活動活性化事業」のほうの助成対象である。

こちらは手引きに、大道具は助成対象経費になるとしっかり書いてある。(P.33)

「中橋公館」は私も紀伊国屋ホールで観劇したので大道具はよく覚えているが、あれは助成されて作成されていたのだろうきっと。

しかし、ひとつの公演で作られた大道具が他公演で流用されている。これは大道具の資産価値を認めるべき事案ではないだろうか。っていうかこれで経費節約したって書いちゃってるし。

大道具を外部に譲渡して収益を得たわけでもないだろうから、文学座の財務会計上は、ただの固定資産の廃棄で処理できるだろう。加えて両公演とも助成対象活動であるから、このスキームはここでは問題にならない。だが、大道具が資産価値を持つという事例がはからずも露呈してしまったのだ。


赤字補填問題とか、事務コストが計上できない問題とか、いろいろ助成金は問題が指摘されてきたけれども、大道具などの経理処理、つまり資産とみなすべきかどうか問題についても誰かと共有したい。こんなこと気になってるのは私だけだろうか。

もしレパートリーをもつ株式会社の劇団を、どこかが買収したとしよう。そのときのバリエーションは、無形の資産相当としてレパートリー分をのれんとして乗せるだろう。そのとき、もし買収された側の劇団のレパートリーに、過去 文化芸術振興基金が助成をしていたとしたら、そののれん代相当は返せと言われるのか。という妄想がつきない。


悲劇喜劇 2018年 01月号