文化系人たちが悶絶していると聞いて、映画「花束みたいな恋をした」を見た。
文学、音楽、漫画などのサブカル固有名詞がたくさん出てくるところが、ひとつのキャッチ―さとなって文化系の人たちがざわついているのだけれど、文化系じゃない人が見ると、サブカルの細かな話ではなく、男女がどんどんすれ違っていくという大雑把なストーリーで語られるんだろうな。
劇中では、映画「ショーシャンクの空に」やアーティストのONE OK ROCKという言葉も出てくるわけだが、サブカルな話題に寄ってそうで全然寄ってない、いわばサブカル系との断絶を意味するこれらの作品名やアーティスト名の選択を「ぷぷぷ」と笑えるかどうかが試金石となりそうである。
文学、音楽、漫画などのサブカル固有名詞がたくさん出てくるところが、ひとつのキャッチ―さとなって文化系の人たちがざわついているのだけれど、文化系じゃない人が見ると、サブカルの細かな話ではなく、男女がどんどんすれ違っていくという大雑把なストーリーで語られるんだろうな。
劇中では、映画「ショーシャンクの空に」やアーティストのONE OK ROCKという言葉も出てくるわけだが、サブカルな話題に寄ってそうで全然寄ってない、いわばサブカル系との断絶を意味するこれらの作品名やアーティスト名の選択を「ぷぷぷ」と笑えるかどうかが試金石となりそうである。
一方で、文化系的な視点は棚に上げて語るとすれば、「花束みたいな恋をした」のストーリーにおける主人公2人のすれ違いが興味深い。すれ違いは、菅田将暉演じる「麦」が変わっていき、有村架純演じる絹が変わらないままでいることから起こる。
麦は、就職することで資本主義的価値観に染まり、いつのまにかこの社会で正しいとされている「あるべき価値観」を受け入れざるを得なくなり、それが正義になっていく。
一方で絹は、就職するという行為はおこなうものの、また元の立ち位置に戻る選択をし、「好きなもの」も忘れていない。
とても印象的だったのは、麦が語る将来の家族の在り方像である。「子どもを産んで家族3人か4人で多摩川沿いを歩く姿が想像できるんだ」みたいなこと言ってたやつ。麦は幸せな家族像としてそれを語っているのだろうが、果たしてその家族の形は、もともと麦が思い描いていたような幸せの形なのだろうか。いつの間にか、男性が働き女性は家を守るという、旧来型の幸せの価値観に麦は染まっていったのではないだろうか。信じる幸せの形が、麦と絹とで決定的に異なる様子を見せつけられたシーンに思えた。
文化系的視点ではもちろん、さまざまなすれ違いが起こる。
たぶんあんまり世間で気づかれていない話をすると、演劇「わたしの星」を見るか、出張に行くか、の選択を迫られるシーンである。
演劇好きな私からすると、ここで「わたしの星」のチラシが部屋に貼られているのを見つけてムネアツなわけだが、じつは「わたしの星」の話題が出るのはこのシーンが最初ではない。麦と絹が初めて出会ったときのエピソードとして、2人が語ったサブカルネタの一つに「ままごとのわたしの星」という言葉があったのだ。(ままごとというのは劇団名ね。)
つまり、麦は「わたしの星」の観劇に興味がなかったのではなく、昔は少なくとも興味を持っていたのは確かなのだ。それが、あいまいな記憶にされてしまっていること自体が、麦の変化をとてもよく象徴していた。
一方で、そんなふうに変わってしまった麦であっても、カラオケでサブカルな曲を歌っているシーンがある。
フレンズの「NIGHT TOWN」を歌っているのだ。絹に合わせて歌ってるのではなく、自分で音程を取っているという、ちゃんと曲を知っている証拠もある。果たしてこれは、文化系だった時代に知った曲を今でも覚えている、つまり昔と変わっていないということのメタファーか。
もちろん人生は地続きで、趣味や好みもいきなりがらっと変わるわけではない。
それでも周囲や自分は少しずつ変化していき、しばらくしてからやっと、あの頃の何かを彼方に置いて行ってしまったと気づくのである。
最後に、文化系として気になった固有名詞を挙げてみよう!
京王線
学生時代に京王線ユーザーだった私としてもまたムネアツ。調布駅は工事してだいぶ変わってしまったけれど、明大前から調布駅まで主人公2人が歩いてた。私も学生のときに三軒茶屋を出発して明大前を経由し、府中まで歩こうとしたことがある(千歳烏山で疲れてやめた。)
調布
調布駅から徒歩30分の多摩川沿いってあの辺か〜とよくわかる。ロケーションジャパンに特集が載っているぞ。
くりばやし
麦が缶ビールのみながら食べてる持ち帰り餃子は府中の餃子屋くりばやしのものだ。
首都高
西麻布を貫く首都高は、めぐりめぐって明大前付近の甲州街道の上も通っていく。
ガスタンク
京王線沿いでは、芦花公園あたりにガスタンクがある!
猫の名前がバロン
京王線クラスタ、つまり耳をすませばクラスタとしては、猫といえばバロンである。
フレンズ
フレンズの「NIGHT TOWN」は2017年くらいの曲らしいが、2017年頃はちょうど私もフレンズ目当てに渋谷のライブハウスに通っていた頃である。「NIGHT TOWN」も良いけれど、このへんが好きなやつであった。
きのこ帝国
きのこ帝国が活動休止、というニュースをこの映画の中で知ってしまった……。きのこ帝国といえばこの曲。
わたしの星
まさかの演劇「わたしの星」が登場ですよ。わたしの星は、三鷹の高校生が出演者で、再演もしているはずだが私は初演を見ている。会場となった三鷹市芸術文化センターでちゃんとロケしててえらいと思った。
さわやか
どうも東京の人にも知られすぎている感があるが、静岡デートといえばさわやか。
東京都現代美術館
サブカル話がたくさん出てくる中で、美術の話が出てこないなと思っていたが、麦が書いていたスケッチブックの1ページ目って東京都現代美術館の建物の絵じゃないかな? 違うかな? 違うかも。
ミイラ
科博のミイラ展が出てきたが、あの頃サブカル系の人がミイラ展に注目しすぎていたので、私はミイラ展にいかずに東博のミイラを見た記憶がある。
LとR
スピーカーのLだけとかRだけになるの超気持ちわるいので冒頭から納得。スピーカーが1つしかなければモノラルで編集すべきと思っている派。
300BAR
文化系と距離がありそうなコリドー街まで無難に出てくるが、これもひとつの絹の父親の電通的なものとセットであろう。
風呂
社会に出るということはお風呂に入るようなものだと語られるが、風呂に入って死んだ人がでてきた。
麦は、就職することで資本主義的価値観に染まり、いつのまにかこの社会で正しいとされている「あるべき価値観」を受け入れざるを得なくなり、それが正義になっていく。
一方で絹は、就職するという行為はおこなうものの、また元の立ち位置に戻る選択をし、「好きなもの」も忘れていない。
とても印象的だったのは、麦が語る将来の家族の在り方像である。「子どもを産んで家族3人か4人で多摩川沿いを歩く姿が想像できるんだ」みたいなこと言ってたやつ。麦は幸せな家族像としてそれを語っているのだろうが、果たしてその家族の形は、もともと麦が思い描いていたような幸せの形なのだろうか。いつの間にか、男性が働き女性は家を守るという、旧来型の幸せの価値観に麦は染まっていったのではないだろうか。信じる幸せの形が、麦と絹とで決定的に異なる様子を見せつけられたシーンに思えた。
文化系的視点ではもちろん、さまざまなすれ違いが起こる。
たぶんあんまり世間で気づかれていない話をすると、演劇「わたしの星」を見るか、出張に行くか、の選択を迫られるシーンである。
演劇好きな私からすると、ここで「わたしの星」のチラシが部屋に貼られているのを見つけてムネアツなわけだが、じつは「わたしの星」の話題が出るのはこのシーンが最初ではない。麦と絹が初めて出会ったときのエピソードとして、2人が語ったサブカルネタの一つに「ままごとのわたしの星」という言葉があったのだ。(ままごとというのは劇団名ね。)
つまり、麦は「わたしの星」の観劇に興味がなかったのではなく、昔は少なくとも興味を持っていたのは確かなのだ。それが、あいまいな記憶にされてしまっていること自体が、麦の変化をとてもよく象徴していた。
一方で、そんなふうに変わってしまった麦であっても、カラオケでサブカルな曲を歌っているシーンがある。
フレンズの「NIGHT TOWN」を歌っているのだ。絹に合わせて歌ってるのではなく、自分で音程を取っているという、ちゃんと曲を知っている証拠もある。果たしてこれは、文化系だった時代に知った曲を今でも覚えている、つまり昔と変わっていないということのメタファーか。
もちろん人生は地続きで、趣味や好みもいきなりがらっと変わるわけではない。
それでも周囲や自分は少しずつ変化していき、しばらくしてからやっと、あの頃の何かを彼方に置いて行ってしまったと気づくのである。
最後に、文化系として気になった固有名詞を挙げてみよう!
京王線
学生時代に京王線ユーザーだった私としてもまたムネアツ。調布駅は工事してだいぶ変わってしまったけれど、明大前から調布駅まで主人公2人が歩いてた。私も学生のときに三軒茶屋を出発して明大前を経由し、府中まで歩こうとしたことがある(千歳烏山で疲れてやめた。)
調布
調布駅から徒歩30分の多摩川沿いってあの辺か〜とよくわかる。ロケーションジャパンに特集が載っているぞ。
くりばやし
麦が缶ビールのみながら食べてる持ち帰り餃子は府中の餃子屋くりばやしのものだ。
首都高
西麻布を貫く首都高は、めぐりめぐって明大前付近の甲州街道の上も通っていく。
ガスタンク
京王線沿いでは、芦花公園あたりにガスタンクがある!
猫の名前がバロン
京王線クラスタ、つまり耳をすませばクラスタとしては、猫といえばバロンである。
フレンズ
フレンズの「NIGHT TOWN」は2017年くらいの曲らしいが、2017年頃はちょうど私もフレンズ目当てに渋谷のライブハウスに通っていた頃である。「NIGHT TOWN」も良いけれど、このへんが好きなやつであった。
きのこ帝国
きのこ帝国が活動休止、というニュースをこの映画の中で知ってしまった……。きのこ帝国といえばこの曲。
わたしの星
まさかの演劇「わたしの星」が登場ですよ。わたしの星は、三鷹の高校生が出演者で、再演もしているはずだが私は初演を見ている。会場となった三鷹市芸術文化センターでちゃんとロケしててえらいと思った。
さわやか
どうも東京の人にも知られすぎている感があるが、静岡デートといえばさわやか。
東京都現代美術館
サブカル話がたくさん出てくる中で、美術の話が出てこないなと思っていたが、麦が書いていたスケッチブックの1ページ目って東京都現代美術館の建物の絵じゃないかな? 違うかな? 違うかも。
ミイラ
科博のミイラ展が出てきたが、あの頃サブカル系の人がミイラ展に注目しすぎていたので、私はミイラ展にいかずに東博のミイラを見た記憶がある。
LとR
スピーカーのLだけとかRだけになるの超気持ちわるいので冒頭から納得。スピーカーが1つしかなければモノラルで編集すべきと思っている派。
300BAR
文化系と距離がありそうなコリドー街まで無難に出てくるが、これもひとつの絹の父親の電通的なものとセットであろう。
風呂
社会に出るということはお風呂に入るようなものだと語られるが、風呂に入って死んだ人がでてきた。