山形県鶴岡市といえば、藤沢周平が描いた数々の作品の舞台である。
ついでにわれわれ豊橋っ子としては、豊橋(吉田)の殿様 酒井家の子孫が鶴岡藩主の酒井家へと続いているわけであり、藤沢周平の数々の歴史小説は、豊橋と地続きであると言っても過言ではない。いや、過言か。

さて、いつだったかそんな鶴岡市に出かけた際にタクシーに乗ったら、タクシーの運転手さんが興味深い話をしてくれた。
最初は「鶴岡や庄内はごはんがおいしいよー」とかそんな話をしていたのだが、観光名所の話題になったときに、こんなことを言うのである。
「観光名所と言えばさ、鶴岡に新しい文化会館ができたんだけど、それがひどいのなんのって! 一回見に行ってみて!」とのことなのだ。

ちなみにこの話を聞いた時点で、私は自分が劇場ウォッチャーであるという話はまったくしていない。なのにいきなりこんな話をしてくるとは、よっぽど地元では有名な文化会館なんだろうか。っていうか観光名所なのか。

ということで、さっそく鶴岡の文化会館に出かける私である。
鶴岡市文化会館、それはネーミングライツによって荘銀タクト鶴岡と名づけられている。
その荘銀タクト鶴岡はこれだ!
じゃじゃん!

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タクシーの運転手さんから聞いた情報では、荘銀タクト鶴岡には以下のような問題があった(ある)そうだ。

・有名な建築家(SANAA)が設計したけど、独創的な内容すぎて地元の工事業者には手を負えず、誰も工事業者として手を挙げなかった。
・その結果、工事業者を何度も募集したため、建築費が当初計画を大幅にうわまわってしまった。
・建築費が膨れ上がったおかげで市長選の争点になり、現職市長が落選した。
・建築後も、雨漏りしたり音漏れしたりしている。


なんだこれは。聞けば聞くほど問題だらけである。もはや問題だらけでちょっとおもしろい。

その後いろいろ調べてみたところ、地元では鶴岡市新文化会館建設に関する第三者調査・検証専門委員連絡会議というのが開催されており、これらの諸問題の原因は何だったのかが調査されている。

鶴岡市のウェブサイトに答申が掲載されており、それを読む限り、すべてがすべて杜撰な計画だったわけではなく、一定程度はやむを得ない内容だったということもわかる。

しかし部分的にでも市の手続きに違法性があると指摘されたことから、市長が自分の給与を減給していた時期があったそうだ。(でもこの市長は荘銀タクト鶴岡が作られた当時の市長ではないんだけどね。)

ついでに、市長の減給ですら、自民党系(いわゆる前市長派)によって反対を受けたそうだ。こんなことで揉めるのかよ、と、外野からみると( ゚д゚)ポカーンですね。

そして、先月鶴岡市長選があり、超僅差で、ふたたび自民党系の候補は破れましたとさ。


さてそんな荘銀タクト鶴岡。
どこか音漏れしたり雨漏りしてるのかは知らないが、建物の中をのぞいてみて驚愕する事態に陥った。

それは何かというと……。
「このホール、めっちゃ使いづらいのでは!?」と思わせる内部設計である。

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例えば大ホールに、ホワイエがない。いや、ある意味全部ホワイエなのだけど、客席から扉を開けて一歩外に出たところにホワイエが無いのである。よって、普段はパーテーションを置いて、チケットを買った人とそうでない人との導線を分けている。これは意図された設計思想があるのだろうし、大人数が来場するときには、このパーテーションの位置もずらせるんだろうなと想像される。しかし、多くの劇場のセオリーからいくと斬新すぎる。

そしてもうひとつびっくりしたのは客席のつくりである。
なんと、客席がシンメトリーじゃない!

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荘銀タクト鶴岡のサイトに載っている解説を読むと、このようなシンメトリーではない構造であっても、音響的にはどの席でもいい音が聞こえるようになっているそうだけれど……。演劇人から見ると、どの客席からどうやって見えるのかが謎すぎて、作品を作るのに混乱しそうである。
え? このホールで演劇の上演はしませんかそうですか。

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運営のほうは、タクトしんぶんというものを発行していたり、自主事業も頑張ろうとしているようで、市民の厳しい目にめげずに奮闘している様子はうかがえる。

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まぁ、なんで事務所前のポスターを舞台照明器具で照らしてるのかというのは謎だったけど……。劇場スタッフがいいこと思いついたって感じでやってるんだろうけど、本来こんなところに灯体を置くぐらいだったら灯体の導入予算自体をはじめから削って、もっと電力消費量が小さな、別の(舞台用ではない)照明機材を常設すべきであり、予算はもう動かせないからその範囲内で何とかしましょう感が半端ない。


というわけで、いろいろびっくりな荘銀タクト鶴岡だった。
たしかにこれは観光名所にはなりますね。見に来るのは劇場ウォッチャーと建築クラスタ限定でしょうか?


ちなみに荘銀タクト鶴岡はSANAA設計だけれども、鶴岡市にはもうひとつ、別の建築家がつくったすてきな施設がある。
それがSUIDEN TERRASSE(スイデンテラス)というホテルである。
スイデンテラスは、かの有名な建築家・坂茂氏の設計だ。

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スイデンテラスに私も滞在したことがあるけれど、とても居心地の良い施設だった。たしか幅允孝さん監修のライブラリーで本を読んで過ごせたり、温泉に入れたり、自動でお酒が出てくる謎の機械を使って酔っぱらったり。
ライブラリーの品ぞろえはさすが幅さんセレクトの本たちなので、これはという本があって、のびのび過ごせた。何より建築としてのスイデンテラスが居心地がよかった。

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同じように有名建築家が設計しているのに、民間で経営して居心地が良いスイデンテラスと、「どうしてこうなった」ばかりが続く荘銀タクト鶴岡と、その対比を痛切に感じるのである。